いまだ弁道(仏道)を了得せず

いまだ弁道(仏道)を了得せず

建宗寺 二十七世 住職 舟橋正樹

[格言]
いまだ弁道(仏道)を了得せず
いまだ文字を知得せざることあり

道元禅師が宋に渡った時の話です。

典座といって禅寺では食事係にあたる部署になりますが、一人の老僧がいました。その老僧は炎天下で、椎茸を干す仕事をしておられました。

その僧に道元様がお聞きになります。

この炎天下でどうして貴方の様な方が大変な仕事をされるのですか?若い僧に代わってもらったらいかがでしょうか。と

その老僧は何もわかっていないですね。仏道とはなにか?修行とはなにか?文字とはなにか?  と。

ここで禅師はハッと気付きます。

禅者には仕事の上下はない。雑用などはないのだ。掃除も炊事も日常がすべて修行なのだ。老僧はこうも言います。椎茸を干す事は若い僧にはできない。
簡単にみえるが、このお日様の下で干す事が大事なんだと。

伝承は背中を見て育てられる事を知ります。文字や映像で情報が溢れる今は

それが当たり前になっていますが、身を持って体験する事が自分自身の糧になり自分のものになっていきます。

勉強で、知識を持った上に技術を積み重ねることで、また更に上がったステージでの仕事が成就するのではないでしょうか。

禅というものはどんな方にも日常で体験できる哲学ではないかと思える逸話でした。

[本日の予定]

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坊主  月経1件
風水師 命主風水師山田光復門下 取得中

[愚痴徒然][坊主の風水談義]

風水の起源

略称風水節、地理節とも言います。都城、寺、住居、墓などを築造するに当たって、災禍を追い払い、幸福を呼び込む地相を判断する理論であり、これを堪與(堪は天道、與は地道)、または地理とも言います。

これを研究するものを風水家、または風水先生、堪與家、陰 陽家などと呼びました。

彼らは、方位を青龍・東、朱雀・南、白虎・西、玄武・北の四つに分け、全ての自然はこれ四つの動物を象徴するものとして説明し、何を主とするのかは、その場所や風水によるものとなり、地の中の生気が水によって妨げられたり、風によって吹き飛ばされない場所を山川の形態によって選び、 住居を建てたり墓地として利用すれば、子孫はその生気を受けて富貴福寿を得ると説きました。

このような風水の、自然現象とその変化が人間生活の幸福に深く 関わっているという考えは、すでに中国の戦国時代末期に始まり、それが陰陽五行の思想や讃緯説と交わり、前漢末から後漢に掛けて人間の運命や禍福に関する 各種予言説を作り出し、それらは再び初期道教の成立によってより体系化されました。

『正統風水とは』

風水と日本は古い関係

中国発祥ではありますが、実は日本とも古代より深い関係があります。奈良県明日香村で発見された、高松塚古墳やキトラ古墳は、考古学的にも「風水」を取り入れて作られていることが確認されています。

また、現在の京都、平安京遷都にあたって、桓武天皇は、風水学的に最高の吉相といわれる土地を選び、さらに中国の古典に詳しい高僧や陰陽師を集め、風水のあらゆる知識を総動員して都造りをしたといわれています。

本家本物の中国では、この頃既に風水を活かした都・建物・墓作りが行われました。

ベストフォーチュン 命主風水 山田光復風水師 HPより
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